2021年07月

最近、ねずみはコンパクトな双眼鏡に夢中になっている。
いわゆる「オペラグラス」なんだけど、オペラグラスって言うと安っぽく聞こえてしまうのはねずみだけだろうか?

オペラグラスと言えば本来は貴婦人が観劇に使うようなセレブ道具。


しかし
ねずみが子供のころに安っぽい粗悪品オペラグラスが氾濫した時期があった。
パカっと開いたりカクカク折り曲げたりして双眼鏡の形を成すプラスチックのオモチャみたいなやつね。。
無論、視軸調整なんて概念すら無いような代物。
そいつらがオペラグラスと呼ばれていたせいでその呼び方にはどうも抵抗
があって、ねずみはコンパクト双眼鏡と呼んでいる。

今回はねずみのコンパクト双眼鏡コレクションの中でも一番小さい双眼鏡
「テアティス」を紹介しようと思う。

黒のテアティスは
貴婦人が使う本当のオペラグラスとも違って、デルトリンテムのような
無骨な「双眼鏡」の雰囲気がある。
FullSizeRender
このテアティスはマニアの間ではかなり有名で、すでにいろんな先輩方に名機として
ブログ等で紹介されている。

名機と呼ばれるだけあって
その性能は素晴らしい。
FullSizeRender
片手に収まるサイズで携帯性は最高。

倍率は3.5倍と低いけど
最短合焦距離がおよそ40cmと極端に短い。
40cmって言ってもピンと来ないかもしれないけど、自分の手のひらを拡大して見ることが出来るって言ったら分かりやすいかな?

遠くの景色を見てもこのサイズからは想像出来ないほどシャープで明るくて、着色もほとんどない透き通った見え味に心奪われる。

・・・と、それは状態が良ければの話で
例によってねずみが入手した個体は光学系の状態が悪くてぼんやりした画像しか見ることが出来なかった。
FullSizeRender
接眼側からライトを当ててみると曇ったプリズムの真ん中にダハの稜線がうっすら見える程度、。


こうなると当然、プリズムクリーニングして本来のクリアな見え味を取り戻してやりたいところだけど、それには一つ障害がある。
この黒いテアティスはプリズムカバーのネジがグッタペルカで覆われていて外せないのだ。

矢印の部分4箇所にカバーのネジがあるはずなのだが。。
FullSizeRender
グッタペルカは硬くて脆いので一度剥がしたらバラバラになって、ジグソーパズルのようにピースを貼り合わせて再生するしかなくなる。

思い切って全部剥がしてビニックスレザーに置き換えるか、本革でも貼ってみるか。
それともこのまま曇った見え味で我慢するか。


てか、グッタペルカ剥がさないとメンテ出来ないなんて酷い設計だなぁ〜などと思いながら
悩んでいたとき、ねずみはふとあることに気付いた。
ネジの部分のグッタペルカの様子が少し違うのだ。
FullSizeRender
矢印のところが分かりやすいと思う。
ネジの上だけ別のもので埋められているような丸い跡がある。

これでねずみは確信した。

黒いテアティスはグッタペルカを全部剥がさなくても分解出来るようにネジ部分だけ別のモノが詰められている。

やはりツァイスはメンテナンス性も考慮して設計していたのだ。

思い切ってこの部分を

ピンバイスで掘ってみると
FullSizeRender
詰められていた黒い樹脂が取れた。

FullSizeRender
この方法で全てのネジに
アクセスすることが出来た。これで遂にカバーを外すことが出来る!

こちらがカバーを外した状態

中には片側一つづつのプリズムと押さえ金具ががあるだけの超シンプル。
FullSizeRender

ついにプリズムと対面することが出来た。

これがかの有名なシュプレンガー・レーマンプリズム!
FullSizeRender
なんと一つの硝材で上下左右を反転出来るという優れモノ、しかも全て全反射で。

現在主流のシュミット・ペシャンプリズムに比べても高性能だと思うけど、やっぱり光路が一直線じゃないからレイアウトの制約が多くて主流になれなかったのかな〜?

上手く使えればすごく性能の良い双眼鏡が作れると思うんだけどな。


小さいけどダハの稜線はとことんシャープで、光の透過面にはコーティングもされている。
さらにはコバ塗りも丁寧に仕上げられていて、この小さなプリズムにものすごい技術とコストが注ぎ込まれていることが見て取れる。
まさにテアティスの命とも言えるプリズムだ〜!

ところがこのプリズム。性能の裏返しで整備はかなりの高難度、、一つのプリズムにつきダハ面含め5面をクリーニングしなければならない。
しかも鏡体からプリズムを出し入れする時に掴むところが一切無いと言うレイアウト上の制約まである。

反射面をピンセットで掴むわけに行かないので、ねずみは鉛筆のお尻にマスキングテープを輪っかに巻いたものを貼りつけて、それをプリズムのコバに押し付ける形で貼り付けて持ち上げた。

FullSizeRender
この時一番気を使うのは、もちろんダハの稜線。

硬いモノに当てたら一発で欠けてしまうと思われるが、鏡体内部の形状とやたら近い箇所があってプリズムをちゃんとした位置に嵌め込むまではここに干渉する可能性がある。
FullSizeRender
コンパクト化のために隙をギリッギリまで詰めてるのは分かるんだけど、この設計はホントに勘弁して欲しい、、
メンテナンス性いいんだか悪いんだか。
ここに絶対当てないように!って超緊張しながら作業した、、寿命縮んだかも。


なんとかプリズムとレンズをクリーニングしてクリアな視界を取り戻したテアティス。
FullSizeRender
レンズもこれまた極小なので
クリーニングが難しかった、、

こんなに小さいのにちゃんと二重偏心環で視軸調整するようになっているのだが、これもまた難しい。

JIS規格上は倍率が小さいほど基準値が緩いので簡単だと思いがちだけど

0付近を狙った精密調整をやろうと思うと倍率が小さいと平行器を通して見た目標物が小さくなってズレの判別が難しくなるのだ。

・・・なんだか難しいことずくめのテアティスだけど最後にまだ大きな問題が残っている。

カバーのネジを隠していた黒い樹脂部分の再生だ。

元の材質がなんだったのか分からないけど、何かで代用して塞ぐしか無い。

そこで目をつけたのがコレ。
FullSizeRender
ちょっとお高めのモデナと言う樹脂粘土。

こんな使われ方は想定外だと思うけど、伸びが良くて穴埋めには適している。
FullSizeRender
ヘラの先で押してグッタペルカの模様ぽいものを再現。

仕上がりも艶消しでしっかり黒いのでグッタペルカに良く馴染む
完璧とはいかないけどパッと見わからないくらいになった。
FullSizeRender
ねずみ的には大満足な仕上がり。


外観はともかくとして、スッキリ見えるようになったテアティス。

こちらがクリーニング後のテアティスで見た
1m先のデルトリンテム。
FullSizeRender
細部まで観察出来て、これくらいが一番美味しい距離感だな〜と思う。
博物館の展示物とか水槽の魚なんかが
ベストじゃないかな。
(双眼鏡で双眼鏡を見るややこしい絵に
なってしまった)


20mくらい先の木を見てみるとこんな感じ。
FullSizeRender
倍率が低いのでパッと見の迫力には欠けるけど、中心部に目を凝らすと細い線までシャープに見えて来る、そしてとにかくクリアで色が綺麗。


現代ではほとんど絶滅してしまったと思われるプリズム式の本気のコンパクト双眼鏡。
今新品で買えるのはNikonの遊くらいなのかな?

工作技術は格段に進歩してるのに、こんなに細部にこだわった良いモノは2度と作られないだろうと思うとなんだか寂しい。


このテアティスは壊さないように大事に使い倒そうと思う。

今までで最も修理が大変だった双眼鏡
アトランティック6×24の話

ねずみは6倍の双眼鏡が大好きである。
倍率が程よく低い事で手ブレの影響が
少なく、物の輪郭をよりシャープに見ることが出来るからだ。

中でもコンパクトで程よい明るさの6×24、視野の歪曲が少ないケルナー接眼、偏色のないノンコートの組み合わせが大好物。

つまりはドイツのDF 6×24やそれを真似て作られた日本の制六など軍用の双眼鏡に良く用いられたスペックなんだけど、実にバランスの良いところを突いてるな〜と思う。
ただ、本当の軍用品だとIFでやや使いにくいので民生用のCFのものが好き。

このシュッツのアトランティックは1920〜30年代あたり(正確な年式は不明)のもので
まさにドンピシャのスペック。

こちらが入手時の写真
FullSizeRender

IMG_2385
かなり塗装が剥げて腐食してるけど
見栄えだけの問題で使い勝手には関係ないと思っていた。

しかし胴体が異様に膨らんでいるように見えるのが気になる。
FullSizeRender
革が浮いているだけか?と思ったけど触ってみると意外と硬い、膨らんだ部分はしっかり中身が詰まっているのだ、、どういうこと?!

そして鏡体の内側には白い粉のような
汚れが沢山付いている。
覗いてみると視界はぼんやり霧の中。。
IMG_2394
でもこれ良くあるカビだろうと思っていたけどなんか感じが違うような?

対物レンズを外してみて絶句した。
一面謎の粉まみれ!
FullSizeRender


プリズムカバーを外してみたところ
その理由が分かってきた。
FullSizeRender
革の隙間から灰色の粉が止めどなく出てくる。

この粉はおそらくアルミが腐食して出来た水酸化アルミニウムで、湿気を吸いやすい本革を使っていた戦前の双眼鏡に起こりやすい現象らしい。


ねずみは双眼鏡を修理する時、出来るだけオリジナルのままで仕上げたいと思っている。
貼り革も破れたり変色していても使い込まれた味として残したいのだが、ここまでになると実用にはかなり支障がある。
歴史的にスゴイ価値があって博物館に飾っておくようなものならそのままにするけど、そうでなければ実用できるように修復したい。

って事で、思い切って革を全て剥がした!
FullSizeRender
すると、目を疑うぐらい大量の粉が。

ここまでになるには相当湿気の多い環境に長期間保管されていたのだろう。


鏡体とプリズムカバーは腐食部分を全て取り除いて、地のアルミが露出してるところを内側も外側も塗装した。
これで少しは再度の腐食を防げると思う。
IMG_2768
鏡体内側の塗装に使ったのは艶消し黒のファインスプレーブラッセンと言う塗料。
この塗料、極薄の塗膜で真っ黒艶消しに出来るのが良いところ。塗装後は比較的高温で焼き付けないと剥がれやすいので使い方はやや難しいかな。

外側の方はバイクのマフラーとかに使う一般的な半艶黒の塗料を使用。
FullSizeRender
FullSizeRender
こちらも焼き付けが必要で焼き付けてやるとアルコールでも溶けない強固な塗膜になる。ちなみに焼き付けにはガスコンロの魚焼きグリルを使用した(もちろん妻には内緒でね)。


革は出来れば本革で貼り直したかったけど、適したものが無いのでカメラ用のビニックスレザーから切り出した。
FullSizeRender


組み合わせるとこんな感じ。
FullSizeRender
白の文字がやや素人っぽい仕上がりになってしまったのはちょっと心残りなところ(素人ですが)。
元の彫り込みが浅くて腐食で潰れてしまっていたので塗料を流し込んでも上手く再現出来なかった。
この辺はもっと研究して上手く直せるようにしたい。


話が外装のことばっかりになっちゃったけど、光学系もきっちりクリーニングした。
プリズムのコバには赤い色が残っており、おそらく研磨に使ったベンガラと思われる。
FullSizeRender

写真では分かりづらいけど、プリズムにはどれだけ拭いても取れない白い点状の汚れが残ってしまった、これは水酸化アルミの粉が長期間ついていたせいかもしれない。
FullSizeRender

レンズの方はかなりピカピカになった、レンズ枠の真鍮の金色が美しい。
FullSizeRender

フォーカスリングも真鍮製。
構造は全体的にツァイスイェナと同じだけど何故かフォーカスリングのヘリコイドは回転方向が左右逆になってる。
ツァイスが左ネジに対してシュッツは右ネジ、右ネジの方が作りやすい為なのか?理由は謎。
FullSizeRender


それぞれの部品を組み付けてやっと完成したアトランティック。
視軸調整は偏心環の調整幅を全部使い切るギリギリでの調整になったけど
なんとかバッチリ合わせることが出来た。
FullSizeRender
FullSizeRender
対物カバーはオリジナルの塗装が全く劣化していなかったので再塗装はしていない。
素材が真鍮だったおかげだと思うが90年も前の塗装がこの品質で残ってることを考えると本当に当時の技術は凄いと思う。


修復したアトランティックで見た

景色はこちら
FullSizeRender
余計な着色がないおかげで花も緑も
自然な発色。
視界はやや狭いけど視野環がクッキリ出て、端まで歪みが少ないのが気持ちいい。

FullSizeRender
90年前の人達もこの見え味で見てたのか〜
なんて感慨に浸りながら景色を鑑賞するのが楽しい。
最初の状態を見た時はもう無理かと思ったけど、なんとか実用できるまでに修復出来て良かった。

このシュッツのアトランティック
今はねずみの元を離れて、新しいオーナーさんに大切に使って頂いている。

双眼鏡ってやっぱり、使ってこそ価値がある物なのでどんどん使ってもらえると嬉しいです!

↑このページのトップヘ